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仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)253号 判決

控訴人 菊池嘉穂

被控訴人 五戸町農業協同組合

主文

原判決を取り消す。

本件訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。青森地方裁判所八戸支部が同裁判所昭和三二年(ケ)第三六号不動産競売事件で、青森県三戸郡五戸町字久蔵窪一番一号畑三町五反九歩についてした不動産競売手続開始決定を取り消す。右競売申立を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人が、

一、控訴人が被控訴組合から本件二〇〇、〇〇〇円を借用するに際し、利息を日歩三銭一厘と定めたのみで、弁済期後の遅延損害金についての特約は存しない。このことは農業協同組合法第四四条第一項第五号及び被控訴組合の定款第四三条の規定並びに被控訴組合の昭和二四年度通常総会附議事項中第六号議案に照らし、また、被控訴組合が控訴人から本件貸金に対する弁済期の翌日である昭和二八年一二月二六日から昭和二九年二月二八日までの遅延損害金を従前どおり日歩三銭一厘の割合で取り立ている事実に徴し明らかである。しかるに被控訴組合は、本件貸金二〇〇、〇〇〇円に対する弁済期の翌日から昭和二九年二月二八日までの遅延損害金は日歩五銭の割合であるのを、誤つて日歩三銭一厘の割合で計算したから、完済まで日歩五銭の割合で計算した遅延損害金を取り立て得るとの一方的見解のもとに、控訴人は昭和三〇年七月三一日までの遅延損害金を支払つたのみで、同年八月一日以降のそれは未払であるとして、右遅延損害金及び本件貸金二〇〇、〇〇〇円(控訴人は昭和三一年二月二九日元金二〇〇、〇〇〇円に対し五〇、〇〇〇円を内入弁済し、被控訴組合もこれを承諾しておりながら、後になつて右元金に対する弁済充当を否認し、不当に遅延損害金の弁済に充当したものである。)の弁済に充てるべく本件抵当権実行の申立に及んだ。そこで控訴人は昭和三三年三月二五日青森地方法務局八戸支局に本件貸金の残元金及び遅延損害金並びに競売手続費用合計二三七、一九五円を弁済供託したので、本件抵当権の基本たる債権は全部弁済により消滅したのである。

二、被控訴組合は、本件貸金の弁済期後の遅延損害金は日歩五銭であると抗争するけれども、利息の最高限度を定款の絶対的記載事項とした前掲農業協同組合法の立法精神に照らしても、弁済期の前後で利率を異にすべき理由のないことが明らかであり、現に、被控訴組合の定款に定める「貸付金利率」には約定利息と遅延損害金を区別していないし、右「貸付金利率」が利息と遅延損害金の両者を含むものであることは農林省や農業協同組合の事務担当首脳者らの一致した見解であり、また、被控訴組合が従来組合員に売り渡した物資の代金支払を遅滞した場合の損害金の取扱側によれば、期限を一ケ月以上遅滞したときは例外なく日歩三銭一厘の割合による遅延損害金を取り立ているのである。遅延損害金の利率を定めることは前掲農業協同組合法の規定及び定款の範囲外であり、被控訴組合の理事会において任意にこれを定めることができるとの見解はもとより誤りであり、もしかような定めをすれば、それは同法及び定款に違反するもので無効である。

三、控訴人は原審で、本件貸金の弁済期後の遅延損害金を日歩五銭とする特約があつた旨主張したけれども、かかる特約の存した事実はない。したがつて、右は錯誤に基づく主張であるからこれを撤回し、右遅延損害金に関する特約を締結した事実はないと主張を訂正する。仮にかかる特約があつたとしても、右特約は前述の理由により無効である。と述べ、

被控訴代理人が、

一、控訴人の前記主張事実中、被控訴組合がその組合員に対する売掛代金について弁済期後の遅延損害金として日歩三銭一厘の割合で取立てていることは認めるが、控訴人その余の主張事実は否認する。控訴人は従来本件貸金に対し、弁済期後は日歩五銭の割合による遅延損害金を支払う特約があつた事実を自認しておりながら、当審で右自白を撤回し、かかる特約が存しなかつたと主張するけれども、被控訴組合は控訴人の右自白の撤回には同意しないで、右自白を援用する。

二、被控訴組合が貸付金の利率の最高限度を定めるには、農業協同組合法第四四条第一項第五号及び被控訴組合の定款第四三条に基づき総合の議決を経なければならないけれども、弁済期後の遅延損害金については右制約を受けず、被控訴組合の理事会が定める業務規程に基づいてこれを定めることができる。そしてこれによれば、担保の提供を受けた貸付金に対する遅延損害金は日歩五銭であり、組合員の売掛代金に対するそれは日歩三銭一厘と定められているのであつて、両者は同一ではない。それゆえ、本件貸金に対する弁済期後の遅延損害金を日歩五銭と定めた前記特約は有効であり、その無効をいう控訴人の主張は失当である。と述べ、証拠として、控訴代理人が甲第八号証の一、二、三を提出し、当審での証人菊池寿穂の証言及び控訴本人尋問の結果を援用し、乙第二、三号証の成立は不知と述べ、被控訴代理人が乙第二、三号証を提出し、当審での証人菊池幸子の証言及び被控訴組合代表者菊池金太郎の本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、甲第八号証の一、二、三の成立を認めると述べたほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

職権をもつて調査するに、控訴人の本訴請求は、要するに、本件抵当権の基本たる債権が弁済により消滅したことを理由として、その実行としてなされた本件競売手続の排除を求めるというにあるのである。しかし、競売法上、執行債権ないしはその担保権の実体的理由により、訴をもって競売手続の排除を求め得る規定は存しない。もっとも、競売手続においても、その性質の許す範囲で民訴法強制執行の規定を準用すべきことはいうまでもない。ところで、強制執行において、執行債権の実体的理由により、訴をもって執行の排除を求め得るものとしては、いわゆる請求異議の訴のみである。しかし、請求異議の訴は債務名義の執行力の排除を目的とする訴であり、したがつて常に債務名義の存在を前提とするに対し、競売法による競売手続には債務名義の存在を必要としない。競売手続は抵当権その他の実体権の存する場合に限りこれを行い得べく、かような実体権がないときは常に許されない。それゆえ、実体権に基づく競売手続の不適法を主張し、これが排除を求め得るためには、請求異議の訴という特殊な訴を認める余地もまたその必要もないのであつて、ただ実体権に関する本案訴訟(例えば抵当権不存在または無効確認もしくは抵当権設定行為の取消)を提起し、その勝訴の判決を競売機関に提出するをもつて足りるのである。競売法による競売手続については、その性質の許す範囲内で民訴法の強制執行に関する規定を準用すべきであるから、競売債務者は民訴法第五四五条の規定に従い、抵当権者が競売を実行する権利を有しないことを主張して競売法による競売手続の排除を訴求することを妨げないとする見解(昭和六年一一月一八日大審院判例)は、前述の理由により採用し難い。

してみれば、控訴人の本件訴は不適法として却下すべきものであるところ、原審はこれと異る見解のもとに、本件訴を適法であるとして請求を棄却したのは不当であるから、これを取り消すべきものとし、民訴法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義彦 兼築義春 佐藤幸太郎)

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